HIMITSU KICHI
何の為でもない
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点と点は線となり
西大門刑務所歴史館に行って参りました。

PeaceNow!Okinawaに参加した際に、歴史資料館へ感じた違和感。
「日本側の視点に立って作られた場所」
「資料館が日本にある以上、日本人から見た戦争の形・平和の形しか発信⇔受信できない」
それ以来、日本人とは逆の立場・視点から作られた資料館を訪れたいという気持ちがむずむず出てきました。
これが私が韓国に留学を決めた大きな理由。

そして韓国で、西大門刑務所歴史館の存在を知ることとなります。
それ以来、ここはぜひとも行かなければならない場所だと思っていたので、今日行くことができて本当に良かった。
むしろ、なんでもっと早く行かなかったのかっていうくらい。
(それな。)

一番印象に残ったのは、展示物への日本語文の説明量の乏しさ。
沖縄の平和資料館に行ったときも英語・韓国語表記に関して全く同じことを感じたのだけど、こちらでもやはり同じだった。言語が変わっただけ。
タイトルくらいは日本語で表記されていても、説明文はほとんど韓国語ばかり。
英文もあるのだけど、内容そのものへの予備知識をある程度持っていないと、ネイティブでさえ解読が難しいのかも。ましてや日本人なんて。

資料を誰に伝えたいか、資料を通して誰に訴えかけたいか、
それを明確にしなければいけないと思う。
韓国人に伝えるだけでいいの?
日本人にこそ伝える意味があるんじゃないか。
日本人こそ触れる必要があるんじゃないか。

祖父母達が生きていた時代は、遠い昔なんかじゃない。
その時、私たち日本人は一体何を行ったのか。
私はその事実を知りたいし、多くの日本人がその事実を知っていろんな感情を抱いてくれたらいいと思う。

私たちはあまりにも、韓国について、日本と朝鮮半島の歴史について、知らなさすぎる。
一緒にいった方々とお話をして、初めて分かった。
未だに日韓史をしっかりと把握できていない私でさえ、まだ知識はある方なんだと気づかされて愕然とした。
一般的な日本人(言い方よくない)の大半は、この歴史をもっと知らないのだと考えると、ひどく恐ろしい。
たとえガイドさんが日本語を駆使して丁寧に館内を案内してくださったとしても、大まかな歴史や時代背景を知らないから、理解が追いつかない。
ある程度の歴史観を持っていないと、十分に吸収できないし、正しく受け止められないんだ。

その場で体感することはとても大切。
そこに知識が加われば、もっと多くを吸収できる。
だから私は知りたいと思うし、知ってほしい。

知ることで、もっといろんな感情の渦が自分の中に巻き起こる。
違和感や、謎や、言葉にならない感情や、そういった今はまだ訳の分からない物事を含んで。
その渦はぐるぐるぐるぐる回り回って、その人の中に「点」を作るんだと思う。
人生の中で違うタイミングでできた「点」と「点」が繋がって、線ができる。
私にとってPeaceNow!がひとつめの点で、今回がふたつめの点であったように、
ひとつの点が生まれれば、点同士がどんどん繋がって、長い長い線になる。
そして今後新しく出会う点をたぐり寄せてくれるんだろう。

いつだって、知りたいと思う。
私が知りうるすべてを、正しく、知りたい。
私と同じように「知りたい」と少しでも感じた人が、
正しく、知ることができる場所があればいいと思う。
正しく、考えるきっかけとなる環境があればいいと思う。

上手く言えない。悔しい。
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